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京都地方裁判所 昭和42年(わ)497号 判決

被告人 神脇隼男 島本勇

主文

被告人神脇を禁錮拾月に、被告人島本を罰金五万円に処する。

被告人島本において右罰金を完納することができないときは、金五百円を壱日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人神脇に対し、この判決が確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。

理由

罪となるべき事実

被告人両名は、それぞれ自動車の運転を業としているものであるが、

第一被告人神脇は、昭和四二年二月二八日午後三時二〇分頃、自動二輪車(軽二輪車)を運転して京都市東山区地内五条通を西進し、同区大和大路西入る石垣町四二番地さきの、交通整理の行なわれていない大黒町通との交差点に、西方に向け約四〇キロメートル毎時でさしかかり同交差点を直進しようとした際、五条通を東進して同交差点を右折南進しようとした島本勇運転の小型四輪貨物自動車が、同交差点の中央線を南方に超え既に右折している状態になつているのを右斜め約三〇・二五メートルさきに認め、且つ車道の南端附近に佇立している人の姿を認めたのであるから、このような場合に、およそ自動車の運転者としては、直ちに徐行ないし停車して右自動車の通過を待つなど適宜の措置を講じ、これらとの衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠たり、不注意にも、同交差点を自車がさきに通過しうるものと軽信し、把手をやや左方に転じたのみで同速度のまま運転を継続した過失により、島本がなおも南進するのを認めて危険を感じ、右自動車を避けるべく、軽率にも更に左方に転把してその前面を通り抜けようとしたため、おりから、同交差点の五条通車道南端附近の第一通行帯上に佇立していた大槻実に自車前部を衝突させてその場に転倒させ、よつて、同年三月三日午後七時二〇分頃同市東山区大和大路通正面下る大和大路二丁目五四三番地大和病院において、同人を頭部外傷三型、脳底骨折等の傷害により死亡させ、

第二被告人島本は、同年二月二八日午後三時二〇分頃、小型四輪貨物自動車を運転して同市東山区地内五条通を東進し、前記大黒町通との交差点を右折して大黒町通を南進するため、約五キロメートル毎時で右折しはじめ、同交差点の中央線を南方に超え五条通西行車道に進入しようとしたが、このような場合に、およそ自動車の運転者としては、五条通の東方を注視して西進する車両の早期発見につとめ、その距離、動静等に応じて、最徐行または停車する等適宜の措置を講じ、これらとの衝突等の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠たり、不注意にも、数台の西進車両をやり過ごしたあと、後続する車両の有無を十分確めないまま約一〇キロメートル毎時で南進した過失により、おりから、五条通西行車道の第二通行帯を約四〇キロメートル毎時で西進してきた神脇隼男運転の自動二輪車を、東方約二二・一〇メートルに接近するまで気がつかず、これを認めてからも、自車が同交差点をさきに通過しうるものと軽信し、約二〇キロメートル毎時に加速して通過しようとしたため、西行直進しようとした神脇に、更に左方に転把させるなど把手の操作を誤らせた結果、前示第一のように、同人運転の自動二輪車を大槻実に衝突させ、よつて同人を死亡させ

たものである。

証拠の標目〈省略〉

法令の適用

被告人両名の判示各所為は、それぞれ行為時法によれば昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項に、裁判時法によれば刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項に該当するところ、右は犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるので、刑法第六条、第一〇条により刑の軽い行為時法に従い、その所定刑中、被告人神脇については禁錮刑を、被告人島本については罰金刑を選択し、その刑期刑額の範囲内において被告人神脇を禁錮一〇月に、被告人島本を罰金五万円に処し、被告人島本において右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により、金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、被告人神脇に対しては、諸般の情状を考慮の上、同法第二五条第一項を適用して、この判決が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

検察官および弁護人の主張に対する判断

(一)  はじめに、本件交通事故の現場である交差点を、前掲の実況見分調書、検証調書等によつて検するに、右は、東西に走る五条通と、南北に通ずる大黒町通とが互いに交差する十字路であつて、その状況は別紙図面のとおりである。

更にこれを詳述すれば、五条通は、その中央部に、これと平行して幅員約一〇メートル、高さ約七五センチメートル(沿え石の高さ約一五センチメートル、樹木の高さ約六〇センチメートル)の断続する緑地帯が設けられ、右緑地帯の南北両側に、それぞれ幅員約一四メートルの舗装された一般車道があつて、いずれもその外側から、等間隔の幅員をもつ第一ないし第四通行帯に区分され、右車道の両側端に、約四・八五メートルないし六・一〇メートル幅の歩道が設けられている。また、大黒町通は、南方の幅員約三・九五メートル、北方の幅員約四・八〇メートルの舗装された道路であつて、車道と歩道の区別がない。なお各道路の交わる角の部分は円くわん曲している。

しかして、本件交差点のように、各道路が直角に交わつてはいるが、道路の一方である大黒町通が南北に直線をえがいていない上に、その幅員に差がある場合には、その交差点の地域的範囲は、検察官の主張するように、各道路の交わる接点と接点とを結ぶ線(別紙図面中の〈リ〉〈ヌ〉〈ロ〉〈ハ〉〈ニ〉〈ホ〉〈ト〉〈チ〉〈リ〉で結ぶ線)によつて囲われた部分と解すべきではなく、別紙図面中の〈イ〉〈ロ〉〈ハ〉〈ニ〉〈ホ〉〈ヘ〉〈ト〉〈チ〉〈リ〉〈ヌ〉〈イ〉で結ぶ線によつて囲われた部分(但し中央緑地帯を除く)と認めることが、よくその交差点における危険の防止に適し、より合理的であると解する。

(二)  検察官は、本件交差点の状況からみて、幅員約一〇メートル程度の中央緑地帯が東四両側近くにある場合には、その中間部(別紙図面中の〈ル〉〈ヲ〉〈ワ〉〈カ〉〈ル〉で結ぶ線によつて囲われた部分)は、五条通を東西に直進する車両の通行しえない地域であるから、これらの車両に関しては、右地域は交差点の範囲から除外されるものと解すべきである。したがつて、右折南進しようとする被告人島本運転の自動車が右の地域内にとどまる限り、同車は、未だ西行車道の交差点に進入していないものとして、被告人神脇の自動二輪車の西行直進を妨げてはならない。と主張する。

しかし、道路交通法が交差点に関する諸規定を設けたのは、互いに交差する道路を直進し、あるいは右折、左折するため交差点を通過するなどの車両等につき、その通行方法等を規制して交差点における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的としているのであるから、このような趣旨に鑑みると、同一場所における交差点を、車両の通行の態様等の如何によつて別異に解することは、その合理的根拠に乏しいばかりでなく、そのことによつて、交差点における交通規制が一段と複雑混乱化をきたし、かえつて、交通の安全と円滑を阻害する結果を招くおそれを生じ、前記法意に照してとうてい是認しえないところである。されば、右のような中央緑地帯の中間部に位する地域も、またすべての関係において統一的に交差点に含まれるものと解すべきであり、これと異なる見解を前提とする限り、検察官の主張には左袒することができない。

以下、右の判断をもとにして、弁護人の主張を順次検討する。

(三)  被告人神脇の弁護人は、本件の場合に、被告人神脇は、道路交通法第三七条第一項の規定により、右折南進する被告人島本運転の自動車に優先して交差点を西行直進しうる関係にあり、したがつて、被告人島本が自己の直進を妨げるような行為に出ないことを信頼して運転したのであるから、更に減速徐行等の措置を講ずべき注意義務もなく、本件事故について過失の責を負ういわれはない。と主張する。

そこで、前掲の各証拠を総合すると、被告人神脇は、自動二輪車を運転して、五条通西行車道の第二通行帯を約四〇キロメートル毎時で西進し本件交差点にさしかかつたが、その際、五条通東行車道から本件交差点を右折し大黒町通を南進しようとして、約五キロメートル毎時で同交差点に進入し南北の中央線を通過した被告人島本運転の小型四輪貨物自動車(車長約四・三三メートル、車幅約一・六九メートル)が、その先端を、同交差点の東西にある中央緑地帯の南端の線上にやや西寄りに位置し、殆ど南方正面に向けて停止に近い緩速度で進出した状態にあることを、被告人神脇において、右斜め約三〇・二五メートルさきに発見したことが認められる。そして、右折車がこのような状態で交差点に進入しているときは、その右折車は、検察官の主張するように、たとえその右折方法に適正を欠く嫌いがあるとしても、(その適否如何は、本件衝突事故の発生に直接関係がないものと認める)道路交通法第三七条第二項にいわゆる「既に右折している車両」にあたるものと認めるのが相当である。したがつて、このような場合に、右折車は、西行直進しようとする車両に優先して同交差点を通行しうることは規定上明らかである。しかしながら、実際上本件のような交差点において、右折南進しようとする車両と、西行直進しようとする車両のいずれが他に優先して交差点の通行を許されるものとなすべきかは、右の規定にもかかわらず、一概にこれを判別しうるものではなく、当該交差点の状況、各車両の速度、制動距離、各車両の間の距離および交差点との距離等具体的な諸事情を勘案し、法規の趣旨に即した合理的な判断に俟つほかはないものといわなければならない。

これを本件についてみるに、被告人神脇は、前記のように、自動二輪車を運転して約四〇キロメートル毎時で西進し本件交差点にさしかかつた際、同交差点を「既に右折している」状態にある被告人島本運転の自動車を、少なくとも右斜め約三〇・二五メートルさきに発見したのである。そして、その時点における被告人神脇運転の自動二輪車の位置と、右交差点の東端の線との距離は約一七メートルである。(本件のような地形の交差点を、被告人島本運転の自動車が約五キロメートル毎時の緩速度で右折する場合には、同車が既に右折している状態に入つた当時の時点における右の各距離は、それぞれ更に延長される筈である)されば、このような場合に、右の各車両の機能的構造、その当時の速度、距離関係およびその推側しうる制動距離、その他諸般の状況を総合して考察すると、特段の事情の認められない限り、既に右折している状態にある被告人島本運転の自動車は、被告人神脇運転の直進車両に優先して本件交差点を通行することが許され、被告人神脇は、被告人島本運転の自動車の右折南進を妨げてはならないものと認めるのが相当である。してみると、被告人神脇は、本件交差点を通行する場合における交通法規に自ら違反し、右折車両の進行を妨げるような方法で運転したことに帰着するので、被告人島本の右折南進について、後述のような無理が認められるにしても、被告人神脇の運転行為による本件交通事故の過失につき、信頼の原則の法理を適用する余地はないものといわなければならない。弁護人の主張はこれを排斥する。

(四)  被告人島本の弁護人は、被告人島本が本件交差点を既に右折している状態にある際、被告人神脇運転の自動二輪車は東方約三〇・二五メートルの距離にあり、更に南進して五条通西行車道に進入してから被告人神脇運転の自動二輪車を認めたときも、同車は東方約二二・一〇メートルの距離にあつたので、自己に同交差点における優先通行が認められ、被告人神脇が右折南進を妨げることはないものと信頼して運転したのであるから、被告人島本には本件事故について過失はなく、また、その行為自体も致死の結果に対して原因を与えていない。と主張する。

なるほど、自動車の運転者は、他の自動車運転者等の交通関与者が、交通法規にもとづく秩序を守り、これに違反する行為に出ないであろうことを信頼することが許されるものというべく、したがつて、他の交通関与者が、右の信頼に背き法秩序に違反する行為に出たため、交通事故を惹き起こすにいたつた場合には、その過失は否定されるものと解すべきである。しかし、右にいわゆる信頼の原則の法理を適用するには、現下の交通状況、法規の整備普及等の諸事情を考慮に入れ、より慎重でなければならないし、これを適用するにあたつても、他の交通関与者に対する信頼性は、具体的な場合に照して相当性の評価を受けうるものでなければならない。

そこで、本件についてみるに、被告人島本が、被告人神脇運転の西行直進車両に優先して本件交差点を右折南進しうることは、前記認定によつて明らかにされたところであるから、被告人島本において、被告人神脇が自動車の運転者として交通法規にもとづく秩序を守り、自己の右折南進を妨げることはないものと信頼することは、一応もつともと思われる理がないわけではない。しかし、更にその当時の状況を、前掲の各証拠によつて具さに検討すると、被告人島本は、本件交差点を右折して五条通西行車道に進入する前に、数台の西行直進車両をやり過ごしたが、その際、後続車両の有無を確めるため東方を注視することによつて、右の直進車両と約四〇メートル余の間隔をおいて西進してくる被告人神脇運転の自動二輪車を、比較的早期に、且つ容易に発見しえたにもかかわらず、この点に十分注意をつくさなかつた憾みがあり、また、被告人島本が、右の直進車両をやり過ごしたあと、約一〇キロメートル毎時で約六メートル南進し、第三通行帯まで進出したとき、東方約二二・一〇メートルの地点の第二通行帯を約四〇キロメートル毎時で西進してきて、その上、徐行ないし停車等の措置を講ずる気配の見受けられない被告人神脇運転の自動二輪車を認めたのであるから、自己がそのまま南進を続ければ、被告人神脇運転の自動二輪車と衝突等の事故を惹き起こす可能性のあることが、優に予見されたものといわなければならない。果してそうだとすれば、このような事情のもとで、被告人島本において、被告人神脇がなおも交通法規にもとづく秩序を守り、自己の右折南進を妨げる行為に出ることはないものと信頼することは、本件の具体的な諸状況に照して、とうてい相当性の評価を受けうるものとは認められない。

被告人島本は、自己が南進を続けても、被告人神脇が第二通行帯をそのまま直進すれば、自己の後方を通過しうる筈なのでそのように直進するものと信頼し、約二〇キロメートル毎時に加速して南進したところ、被告人神脇が、右の信頼に背き更に左方(南方)に転把したため、本件衝突事故を惹き起こすにいたつたのである。と主張する。しかし、被告人島本が、右のように約二〇キロメートル毎時に加速したことは、それ自体、それまでの速度では衝突するやも知れない危険を感じたからのことではなかろうかと思われるし、右のような場合に、西行直進車両が、右折南進車両との衝突を避けるため、とつさの判断で更に左方に転把する場合のあることは、経験上容易に予見しうるところであるから、被告人島本の右のような信頼もまた正当なものとは認められない。

されば、被告人島本は、前記のように、約一〇キロメートル毎時で南進し第三通行帯に進出するまで、被告人神脇運転の自動二輪車を発見することにつとめなかつた点もさることながら、右の第三通行帯まで進出した時点において、東方約二二・一〇メートルの地点の第二通行帯を約四〇キロメートル毎時で西進してきて、且つ停車等の措置を期待しえない状態の右自動二輪車を認めた以上、その際における被告人神脇の運転行為に、たとえ前記のような優先通行に関する法秩序違反のふしがあるとしても、これとの衝突等の事故の発生を未然に防止するため、その動静に応じて、急遽更に徐行ないし停車等適宜の措置を講ずべき自動車運転者としての注意義務があることは、当然の事理といわなければならない。

そして、被告人島本の前記のような注意義務に反する運転行為がなければ、被告人神脇は更に左方に転把するような過失を犯すことなく、したがつて、本件衝突事故を惹き起こす事態にもいたらなかつたであろうことが推認されるので、被告人島本の行為は、被告人神脇の行為と相俟つて、被害者大槻実の致死の結果に対して原因を与えたものと認めるのが相当である。

以上の理由により、被告人島本は本件衝突事故について過失の責を免れることはできない。弁護人の主張はこれを排斥する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本盛三郎)

図〈省略〉

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